紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平胡禄 重要文化財 かざり 図録解説
胡禄(ころく)は、やなぐいともいい、戦陣で佩用(はいよう)、箭(矢)を入れるための武具の一種である。箭入が筒状の壺胡禄の実用性に対して、本作のような平胡禄は主に天皇の行幸や祭礼などに供奉(ぐぶ)する皇族や貴顕の儀仗用で、装飾性が強いものが多い。平安時代にさかのぼる例としては、春日大社や厳島神社の古神宝類が挙げられ、また、鎌倉時代の鶴岡八幡宮の古神宝類、室町時代の熊野速玉大社古神宝類にも平胡禄がみられる。
本作品は、春日大社古神宝中のものに特に近く、制作年代もほぼ同時代と推定されるが、背板の表裏とも紫檀螺鈿で装飾されている点が異なっている。表裏それぞれ四枚と三枚の紫檀材を貼り、その周囲に金銅の覆輪を嵌めてその先端を小さく出して脚としている。表面中央部には、宝相華を中心に向き合う鳳凰の螺鈿円文を上下に大きく配し、その周囲には、これを縁取りながら全面に宝相華唐草を散りばめる。裏面は全面に螺鈿の宝相華と鳳凰を散らしている。方立にも上下と二つの格狭間(こうざま)に覆輪をかけ、全面に螺鈿宝相華を散らして、側面には半分の螺鈿鳳凰円文を配している。螺鈿宝相華の花芯や花弁の中心には碧玉を嵌め華麗に仕上げている。
この平胡禄は他の古神宝と異なり、実際に使用と修理を繰り返しながら今日に伝来しているようであり、近世のものと思われる実用の附属品が一通り揃っている点で貴重である。また、こうした実用品の例として、猪熊兼樹氏は、嘉禎四年(一二三八)の春日行幸に際して一条実経が用いたという沈地蛮絵螺鈿平胡禄(西三条装束抄)や、『桃華雑抄』に図示された、摂政九条良経の所用とされる同様な意匠と技法の平胡禄を挙げている。
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