渡辺綱茨木童子文様火事袢纏 江戸-明治時代 図録解説
平安時代の武勇、源頼光の四天王として筆頭に挙げられる渡辺綱。その綱が鬼の代表格である茨木童子と対決する場面を袢纏の内側に描く。この二者の物語は『平家物語』をはじめとする様々な古典文学に出てくるほか、歌舞伎の「茨木」あるいは能の「羅生門」など、舞台芸能にも登場する。江戸時代の浮世絵としても有名で、歌川国芳やその弟子月岡芳年の作品が知られる。風にあおられる木は樟であろうか。大阪所在の旧跡に、綱がいつも馬をつないでいた樟として「渡辺綱・駒つなぎの樟」が知られる。後身頃のみならず両袖までもいっぱいに使い、対決の瞬間を生き生きと描いている。
作品126にも見られるとおり、江戸時代後期から明治期にかけて刺子袢纏の内側には、こうした武勇伝を描くことが大いに流行した。文字通り命がけで消火にあたる火消たちの士気を高めるものであったが、江戸時代の奢侈禁止令対策としてその派手な図柄を内側に忍ばせたのである。鎮火のあとは、図柄のある面を表にして帰還するのが「いなせ」「粋」であると同時に、そのような姿が町の人々への鎮火の知らせにもなったと言われているが、その実態については明らかでない。
この袢纏には特に文字で表された情報はなく、顔料のみの絵付け表現となっているが、刺子や縫製は他の3点の袢纏と同様、しっかりした仕事がなされている。
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