羽根飾ベルベット帽の自画像 レンブラント・ファン・レイン 図録解説
それまでの画家と違い、レンブラントはあらゆる年代において、絵画、素描、版画による自画像を繰り返し描いている。複数枚刷られる自画像版画は、多くの人への配布を前提としたものであり、より個人的な意味合いの強い絵画や素描とは、同じ自画像とはいえ制作の意図が違っていたと考えられる。この作品に描かれているレンブラントは年の頃32歳前後で、古風な衣装に身を包み、しゃれた羽飾りのついたベレー帽をかぶっている。左手は凝った装飾のマントの内側に収められ、下に着たスラッシュ装飾のあるダブレットの袖の部分があらわになっている。1630年代にレンブラントは、16世紀の衣装に身を包んだ自画像を複数制作しており、これはそのうちの一つである註1。レンブラントがなぜこのような衣装を選んだかについては、学者の間で長らく議論の的となってきた。ある説では、自らをモデルにトローニー(tronie; 人物を特定しない頭部・上半身像の習作。レンブラントは絵画と版画でこれを制作している)を描いただけだと主張している。つまり、人物描写に自らの姿を用いただけであって、自画像という意識は一切なかったというのである。一方で、積極的な意図があったとする説もある。このような古風な衣装を用いているのは、オランダ人のルーカス・ファン・レイデンやドイツ人のアルブレヒト・デューラをはじめとする16世紀に活躍した偉大な先達の画家たちに自らの姿を重ね合わせるためであった、というのである。この作品の場合、やはりオランダ人の偉大な画家で16世紀に活躍したヤン・ホッサールトと関連づけられているといえる。ホッサールトの肖像版画は、1572年にオランダのドミニクス・ランプソニウスが制作した一連のオランダ人画家の肖像画のなかで見ることができる註2。格式を感じさせるポーズと厳かな雰囲気が、当時のホッサールトの画家としての成功を物語っており、野心あふれる若者であったレンブラントはこの偉大な画家に自らを重ね合わせてみたかったのかもしれない。 (Nadine M. Orenstein)
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