前5―前3世紀頃
鍍金銀
高12.5 cm 幅15.3 cm 奥行12.0 cm
 この容器は獅子頭を象った外殻の内部に丸底の容器を取り付け、西アジアに古くからある杯の様式を作り出している。耳の下から顎に巡らされた鎬の立った襟巻きのような鬣意匠も西アジアの伝統を踏襲している。眼には内側から水晶が嵌め込まれている。大きく開かれた獅子の口の線は西アジアでは一般に単純な弧を描いているに過ぎないが、この杯に見られる波うつ唇の写実的な表現は西アジアではなく、地中海域から黒海沿岸地域のギリシャ文化圏の建築意匠や宝飾品に見られるものである。更にペルシャ美術に見られる獅子の鬣は鱗状に固く表現されているのが常であり、耳は後ろに伏せられた表現が一般的であるのに対し、この杯の優美に逆立つ鬣の房や開いた耳の表現もまた地中海世界由来の感性が入っているのであろう。エルミタージュ美術館所蔵、黒海の北、クリミア半島のパンティカパイオンから出土した腕輪に付けられた獅子頭の装飾は、この杯の意匠の原型を示しているのかもしれない。
 このような獅子の類似の表現はタフティ・サンギーンのオクサス神殿址から発掘された象牙の剣の鞘に見られる。この鞘はアレクサンダー大王の東征とともにペルシャからこの地域にもたらされたものと考えられているが、これはむしろ当地で作られたギリシャ様式の強い象牙細工の一つであると思われる。これらは東西の意匠が優美に統合された中央アジアの様式であると言えるのではないか。

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獅子頭形杯