前三千年紀後期―前二千年紀初期

高12.2-12.6 cm 径9.5-9.9 cm
 この銀杯の器壁に刻まれた意匠は上下2段に分かれ、上段に儀礼的場面、下段に牡牛を使った農耕の場面が見られる。上段の場面は饗宴とも見られるが、8人の座した人物のうち右奥左向きの人物のみが食物を前に口を開け杯を傾けている。彼は頭部、首、手首に縞瑪瑙らしき宝飾品をつけ衣服も上等なものをまとい、身分の高い存在であることを示している。その直前に対面し敬礼らしき仕草をしている人物は頭部のみにこの宝飾品をつけているが、他の6人は何もつけていない。これは明確な身分の描き分けであるとも考えられる。この敬礼あるいは挨拶の形態は、この人物の列の最後部の2人にも見られる。
 下段には2頭の牡牛に鋤を引かせ耕耘し播種する場面が展開している。その牛を木の枝で追う仕草をする裸形で小さい人物と、鋤につかまりあるいは播種する人物との間にも明確な描き方の区別がつけられている。他に同時代のものとされる狩猟場面を描いた銀杯の類例が知られているが、同じように身分の高い人物と思われる表現に、縞瑪瑙と思しき宝飾品が見られる。この短いキルトと筋肉を強調した体躯の表現は西中央アジアから東イランの前三千年紀から前二千年紀にかけての特徴であり、牡牛の体躯に見られる前半身の毛並み表現や後脚の筋肉表現はバクトリア文化に特有のものである。バクトリアの同時代の遺跡からは巨大な砦とその内部の神殿、そして多くの武器も見つかっており、宗教上の祭主であるとともに強力な軍事上の強制力をもった首長が存在したと想像されている。彼らは文字をもたなかったが、この器はそのような彼らの社会の一側面を如実に描き出している。

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農耕饗宴図杯