矢を末広形に差し入れ腰に着ける、平胡禄である。地板は全面紫檀貼りとし,これに貝を嵌入したいわゆる紫檀地螺鈿である。螺鈿文は背板表面が宝相華を中に左右に鳳凰を対向させた丸文を上下に配し,地面は宝相華唐草文で埋めている。方立は背板表面とは逆に宝相華が主文をなし,側面にのみ鳳凰丸の半截文を飾る。螺鈿裁文にはことごとく緻密な刻文を施して細部を表すが,宝相華の花芯と花弁にはさらに青色ガラスを嵌装,華麗に仕上げている。木地螺鈿という中国唐代より伝わった華麗な技法を、奈良時代を経て平安時代末に受け継いだ、王朝文化の優れた美意識が窺える漆工芸の優品である。このように豪華絢爛に細工を施した平胡禄は、戦闘用ではなく、天皇の行幸や祭礼などに供奉する皇族や貴顕の儀杖用であったと考えられる。背板背面に宝相華の花枝文とともに舞う端鳥たちの軽やかな尾の流れは、まるで散し仮名を見るようにはかなく美しい。

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紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平胡禄