この二対の翼を持つ神霊または精霊表現については、前13世紀エジプト新王国の冥界の守護精霊(ka?)と思われる表現や、同時代にエジプトと交渉の深かったシリアの円筒印章の神霊表現に最も早く見られます。
そのシリアの流れを汲む紀元前一千年紀初頭のニムルドに見られるフェニキア由来の象牙装飾板、ほぼ同時代の西イラン・ルリスタンの青銅装飾版などに同様の意匠が見られ
ます。
更に前9世紀初頭にはすでにヒッタイトの同様の精霊表現及びアッシリアのいわゆる神霊表現が存在し、前9−8世紀のウラルトゥでは二対の翼のついた環を着けた特有な神霊表現に次いで上記のアッシリアの精霊表現の類似例が見られ、前7世紀北西イラン・ジヴィエの精霊意匠、同時代メソポタミアの守護精霊の表現などを含めたものが一連の先駆的現象として捉えることができます。
とりわけ前6世紀アケメネス朝下の小アジア(サルディス)では既にこのトルクに酷似した二対翼の神霊または精霊を象った装飾板の存在が確認されています。
同様の現象は前7−6世紀ギリシャ陶器のゴルゴンやサルディニア島の宝飾品のスカラベの表現、前7−5世紀の東地中海キュプロス島のエジプトの強い影響を窺わせる銀器の精霊意匠、前6−5世紀の北イタリア・エトルリアの宝飾品の精霊意匠にも見ることができ、アケメネス朝の時代(前6−4世紀)には地中海からほぼ西アジア全域にわたる精霊及び神霊表現に展開していたことが窺われます。
これらの二対翼の精霊の系譜を見てくると、それが神霊の表現と言うよりも守護的性格を持った一群の精霊の表現であった可能性が高いと考えられます。
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