この象嵌技法やいくつかの意匠は本来紀元前二千年紀初頭のエジプトに由来し、それが当時交易その他の交渉のあったビュブロスなどの東地中海地域に伝えられましたが、同地からはこのトルクのペンダントとかなり類似性の高い意匠を持ったメダイオンやペクトラルが見付かっています。
これが紀元前一千年紀初頭アッシリアに伝わり象牙の象嵌細工や貴金属の象嵌細工が行われました。
このトルクの首輪部分とカラーの部分との接合部には、立体的に表された二つの家鴨の頭部が各々カラーの両端を食む形に構成されていますが、その頸部にはペルシャの都の一つ、スサのアクロポールから出土した腕輪を装飾する獅子の頸部に見られるものと同
様の、波線によって構成される菱形網目意匠の象嵌が施されています。
これと同様の意匠はニムルド出土の象牙象嵌細工にも見られますが、これは東地中海域フェニキア由来のものと考えられます。
更にニムルドからは多くの象牙細工のほかに、金に貴石、七宝の象嵌のなされた腕輪が発見されています。
その象嵌の間に金で表現された精霊のシルエットの表面を彫金細工で微細表現をする技法はこのトルクを装飾するメダイオンのクバレナァやカラーの部分にあらわされた騎士の意匠にも見られます。
このようにこのトルクに見られる技法は一部アッシリア由来のものがあり、その図像の主要な内容はペルシャのものであるとしても、魔除けの図像に家鴨の図像を組み合わせ、薄いリボン状のセパレータで象嵌するなど、エジプトを含めた地中海地域の要素、おそらくフェニキア由来の要素がこの作品に大きな特徴を与えていると思われます。
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